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《アルジャントゥイユのレガッタ》 クロード・モネ

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ボートは1830年頃からパリ郊外を中心とした地域圏、イル・ド・フランスで人気になりました。レース用のボートは、セーヌ河が拡張したため1850年からアルジャントゥイユで競うようになっていきました。パリと鉄道で繋がったことで一層アルジャントゥイユにはボート競技者が訪れ、日曜日には大勢の人が川付近に集まりレースを観戦していました。

クロード・モネは、アルジャントゥイユに1871年12月から1878年の半ばまで住み、その間に170点もの作品をこのセーヌ河畔で描きました。印象主義が芸術ムーブメントとして公やけに認められる2年前に、モネはこの風景を描いていたのでした。19世紀半ばにチューブ入りの絵の具が発明されたことにより、画家たちはアトリエを出て外で写生できるようになたため、この《アルジャントゥイユのレガッタ》も自然光の中で描かれたと推測されます。波打つ水面に景色が映って揺らめくさまに興味を示し、モネは空気と水の動きが光を変えゆく様子を捉えようとしました。このように揺れ動く水面に光が反射する状態を描く手法はこの作品以降モネの要素となっていき、《印象、日の出》においても中心的な特徴として用いられました。

この《アルジャントゥイユのレガッタ》は、1876年にギュスターヴ・カイユボットが入手し、1894年に国家に遺贈されました。1870年の初め、アルジャントゥイユにはモネだけでなく、マネ、ルノワールシスレー、カイユボットがここで一緒に制作していたとされています。アルジャントゥイユ時代は印象主義の歴史で重要な一つの時代をなすもので、この作品はその代表的作品といえます。